「ゼンリン ゼンリン東海 違い」
ゼンリン東海の社員として仕事をしていると、「あの地図のゼンリンさんとは違う会社なの?」と聞かれることがよくありますので、同じような疑問を持っている方が検索をされているのではないでしょうか。
今までは聞かれた際にお答えする程度で、あまり積極的な発信はしてきませんでしたが、この機会に株式会社ゼンリンと株式会社ゼンリン東海の違いや関係性について、解説しようと思います。
結局ゼンリン東海は、なんの会社なの?
この記事を読んでいる方は、「ゼンリン=地図の会社」という認識を持ったうえで、ゼンリン東海のことを何かしらのウェブサービスをきっかけに知った、という方が大半ではないでしょうか。
ともすれば、「ゼンリンって地図の会社だよね?ゼンリン東海って会社はネットの仕事もしてるみたいだけど、どんな関係なの?」という疑問を持たれるのは至極当然のことでしょう。
事実私たちも、初対面のお客様に会社名を名乗った時、「ゼンリンさん?あの地図の?」と言われることが非常に多いです。
それから、「ゼンリン東海さんは地図の会社なの?ネットの会社なの?」ともよく聞かれます。
結論から答えます。
地図の会社でも、ネットの会社でもあります。
ではゼンリン東海は地図のゼンリンなのか?
地図のゼンリンです。
しかし、株式会社ゼンリン様とは別の会社です。
では、地図の会社ゼンリン東海が、どのように生まれ、なぜネットの仕事をしているのか、それを創業のストーリーから解説していきます。
少し長くなりますが、ゼンリン東海のことを調べてこの記事に来ていただいたと思いますし、是非とも最後までお付き合いください。
創業のストーリー
※現社長より伺っているストーリーです。一部事実と異なる部分があるかもしれません。
ゼンリン東海の創業は1963年。
創業者の石原 義雄は北九州で後の株式会社ゼンリンとなる会社の一員として働いていました。
当時、住宅地図は北九州で発行され、大変好評をいただいていましたが、この住宅地図を全国に広めるべく、10名の選抜メンバーが日本全国各地へと送られました。
石原 義雄は片道切符とその日の宿賃だけを持ち、沼津駅に降り立ち、そこから人々を助けるための地図づくりを0から始めたのです。
これがゼンリン東海の始まりです。
この当時、全国に地図を広めるべく、散り散りに各所へ向かったメンバーは、後にそれぞれで独立の法人を立ち上げます。
沼津に降り立った石原 義雄が立ち上げた静岡の地で立ち上げた会社が、現:株式会社ゼンリン東海なのです。
地図成長期
創業から約30年。
自動車普及によるモータリゼーションの発展と共に、地図は重宝されていきました。
中でもより詳細で確実な情報をお届けできるゼンリン住宅地図は、世間から多大なるご指示をいただき、段々と社会になくてはならない存在となっていきました。
ご家庭で当たり前に使われるようになったり、営業マンの必須ツールなどと呼ばれるようにもなり、そこから段々と世間にゼンリン=地図の会社と認識していただけるようになりました。
この世間の波に乗り、着々とゼンリン東海も成長していったのです。
第2創業期
しかし、2005年に突如として危機が訪れます。
Google社が無料で使えるインターネット地図、Google Mapを日本でリリースしたのです。
当時の代表、3代目社長である石原 拓也は愕然としました。
「インターネットで無料の地図が見られるような時代が来てしまったのか... 」
この先インターネットが発展し、この地図利用が当たり前になってしまえば、我が社の存在意義はなくなってしまう。
インターネットの恐ろしさと、インターネットが持つ可能性をまざまざと感じさせられました。
同時にある決心を固めたのです。
「ならば、これからはそのインターネットを使って、世の中の役に立てる会社になろう!」
ゼンリン東海がWEB事業への参入を決意した瞬間です。ここからゼンリン東海は、WEB事業の立ち上げへと向かいます。
元々地図屋であったゼンリン東海が、右も左もわからないWEB事業へと飛び込んでいったこの大きな分岐点は、ゼンリン東海の第2創業期とも言えるでしょう。
当時は会社や店舗が徐々にホームページというものを1社ごと作り始めていた時代。
「東京から聞いたこともない名前の会社から、ホームページ作りませんか?って電話が掛かってくるんだよ、確かに作るべきだとは思うんだけど、なんだか信用できるか心配でね...ゼンリンさんはそういうことやってないの?」
こんなご相談をいくつかいただいていたこともあり、まずはWEB事業の主軸として、WEBサイト(ホームページ)制作から始めることとなりました。
しかし、まったく地図とは勝手が違う事業。
未知への挑戦はとても困難を極めるものとなりましたが、とにかく勉強と試行錯誤を重ね、WEBサイトを作らせていただきました。
初期はとにかく実績を増やすために奔走する毎日でしたが、様々な業種のWEBサイトを制作させていただく中、元々住宅地図でお世話になっていたこともあってか、特に住宅業界のWEBサイト制作実績が増えていきました。
ドコタテの誕生
住宅業界のWEBサイトをたくさん制作させていただく中、今度はとある別の悩みを相談していただくことが増えてきました。
「せっかくホームページ作ったし、うちの家もこれで伝わると思うから、もっとたくさんの人に見てもらいたいんだけど」
そんなことをご相談いただき、何かできないかと模索している中、
新時代の広告に出会います。
検索エンジンのGoogle社やYahoo社の提供する、検索広告やバナー広告をはじめとする「インターネット広告」です。
まずはとにかくこの画期的な広告をお客様へと広めるために、Google、Yahooの正規代理店となりました。
もっと集客がほしい!と考えているお客様にどんどんとインターネット広告をご提案していきました。
すると今度は別の問題に直面してしまいます。
「まとまった予算がなかなか割けない。」
「検索順位を上げるためにはもっと予算を出さなければいけない。」
「Aお客様は○○万円出しているから、Bお客様には増額を提案しなければ。」
なかなかまとまった予算を割くことが難しいお客様は、配信に踏み出せません。
さらに、すでに配信しているお客様も、他の広告代理店と争うことになったり、
またはゼンリン東海内でも広告枠や掲載順位争いが発生し、どんどんとお客様に広告予算アップを迫らざるを得ないような状態になっていったのです。
何かもっと手軽に、そしてある意味不毛な順位争いを防げないか...
この問題が、新たなサービス誕生のきっかけとなります。
地域の工務店を数社限定で紹介し、募った予算で広告配信を行い、掲載各社のWEBサイトにお客様送り届ける集客サービス「ドコタテ」が誕生しました。
ゼンリン東海が誇る、現在の主力サービスが誕生した瞬間です。
このドコタテは各地域の住宅会社様に非常に好評をいただき、「もっとこの仕組みを世に広めよう!」と着々とエリアを拡大していきました。
現在は全国各地で展開しており、400社を超える住宅会社様と繋がらせていただいています。
ドコタテのエリア展開図はこちら
ネットマーケティングにおける、独自ロジックの誕生
ドコタテは掲載する住宅会社様から好評をいただけるサービスとなりましたが、すべての会社が順風満帆に上手くいってはいませんでした。
しっかりとドコタテから成果を出せている会社もあれば、望ましい成果が出ていない会社もある。
そんな問題が起きていることに気が付きました。
時にはそこに歴然とした差が生まれてしまっている場合もあります。
なぜこうも差が生まれてしまうのか。
それを悩み、考え続ける中で、ゼンリン東海として1つの答えにたどり着くことができました。
ドコタテは質の高いユーザーを掲載会社のWEBサイトまで送客するサービスです。
しかし、この時WEBサイトに辿り着いたユーザーが、どんな情報を得て、その会社へどんな印象を抱くか、すべてはその会社のWEBサイトが持つ力に掛かっています。
さらには、実際にそのユーザーと出会ってから、契約に至るかどうかは、その会社の企業力次第です。
その普遍的な事実に気づいた時、今のゼンリン東海が掲げている、一つの明確なロジックが生まれました。
自社のサービスを求めている人に認知させる「集客力」、自社のことを調べている人に家づくりの強み・魅力を伝える「反応力」、比較検討される数社の中から、契約する1社へと選ばれる力「企業力」
この3つが掛け合わさり、初めて成果は生まれるものだという答えにたどり着きました。
ドコタテは集客力を高めるためのサービスですが、集客力だけではダメなのです。この3つのプロセスに対して、力をつけていくことが、受注数UPのためには必要です。
そう気づいてから、「果たして今までのようなお客様との関わり方でいいのだろうか」という疑問が生まれました。
そこから私たちは、集客力・反応力・企業力のすべてにおいてパートナーとして支援ができるよう、知識・ノウハウを身に着け、商品・サービスを整えていきました。
あらゆる分野でサポートができる工務店特化のマーケティング会社として成り立ったのが、現在のゼンリン東海です。
言わば現在は、第3創業期を迎えた、ゼンリン東海だと言えるかもしれません。
まとめ
ゼンリンとゼンリン東海の関係についての記事でしたが、なんだが会社の歴史を熱く語ってしまう記事になってしまいましたね、、、
私たちは、現株式会社ゼンリンである、地図のゼンリンから枝分かれして創業した静岡県駿東郡清水町の会社です。
元々は住宅地図の出版と販売のみを行っていましたが、時代の変化に合わせて舵をきたからこそ、今の会社があると思っています。
創業者が片道切符と宿賃だけ持ち、何もない状態から地図事業をつくり上げていった、「無から有を生み出すチャレンジ精神」はこれまでのゼンリン東海の礎となっています。
地図事業、WEB事業、統括的なマーケティング支援事業、すべては0スタートだったのです。
時代に合わせてチャレンジし続けてきたからこそ、ゼンリン東海は現在の形になりました。
皆さんの疑問の答え合わせはできましたか?
疑問が解消されることはもちろん、これをきっかけに少しでも私たちのストーリーに共感や愛着を持っていただければ、とても嬉しく思います。
最後までお読みいただき、ありがとうございました!